ゼブラフィシュの聴力測定

Manabe, K., & Dooling, R. J. (2020). A psychophysical approach to measuring the threshold for acoustic stimulation in zebrafish (Danio rerio). The Journal of the Acoustical Society of America, 147(2), 1059-1065. doi:10.1121/10.0000722

アメリカ音響学会誌の直近1年間のAnimal Bioacoustics分野から”Technical Area Pick”に選択されました。2020年9月1日~11月30日まで、無料で学会誌HPからダウンロード可能です。

ゼブラフィッシュの聴力をオペラント条件づけを用いて測定した論文です。

ゼブラフィッシュは、聴覚や視覚の障害を引き起こす遺伝的疾患のモデル動物として注目されています。ゼブラフィッシュは、鳥類と同様に聴感覚毛の再生が可能である(Behra, Bradsher, Sougrat, Gallardo, Allende, & Shawn, 2009)ことから、有効な手続きが開発できれば、他種(セキセイインコ)で行われているような感覚毛の再生実験(Dooling, Ryals, & Manabe, 1997)への応用が可能になります。

カナマイシン投与による聴力の低下と回復(セキセイインコ)

聴覚疾患の程度の代表的な指標として聴力曲線(Audiogram)がありますが、これまで、ゼブラフィッシュの聴力曲線は、生理的指標(Auditory Brainstem Response: ABR)に基づいた研究(Higgs, Souza, Wilkins, Presson, & Popper, 2001)と、1日3試行のオペラント条件づけを用いて複数の個体からなる集団に対して行った研究(Cervi, Poling, & Higgs, 2012)で報告されていました。 前者は、生理的指標であり、また、行動的指標である後者の実験で得られたオーディオグラムは、初期訓練で用いられた条件刺激が最も閾値が低くなる単なる般化勾配になっており、正確なオーディオグラムとは言い難いものです。また、集団の反応を利用しており、個体毎の測定は行われていませんでした。 本研究では、他の脊椎動物で用いられているオペラント反応による音検出訓練と同様な訓練方法を用いて、ゼブラフィッシュの正確な行動指標に基づいた個体毎の閾値を測定し、ゼブラフィッシュのオーディオグラムを得ることを目的としました。

【被験体】理化学研究所から導入した野生タイプのオス・メス各2匹、計4匹のゼブラフィッシュで測定しました。

【装置】ヒータおよび濾過装置が設置された青色プラスチック水槽に、メッシュ状の黒色プラスチックからなる実験ボックスを設置しました。実験ボックスには、赤外線センサーにより反応を検出する観察反応ゲートと報告反応ゲート、および微少強化子提示が可能なゼブラフィッシュ用強化フィーダ(Manabe, Dooling, & Takaku, 2013)を改良した3Dプリンター製フィーダと観察用小型カメラが取り付けられた強化コンパートメントから構成されていました。

実験ボックス(内径28cm×11cm×8cm )
3Dプリンター製feeder

【純音】立ち上がりおよび立ち下がりそれぞれ20ms、最大音圧維持時間80msのトーンバースト、140ms間隔で提示

【訓練方法】被験体が観察ゲートをくぐると、50%の確率で音提示試行と無音試行のどちらかがランダムに開始され、音提示試行では、20秒間の音の提示中に報告ゲートをくぐると強化された。無音試行では、観察反応後20秒以内に報告ゲートをくぐると次の試行の開始が20秒間延期されるタイムアウトが与えられた。ただし、反応潜時が長かったRF102の音提示時間は30秒とされた。1日1セッション実施し、1セッションは最大120試行とし、オッズ比が0.1%水準で有意になった場合と、音提示試行において連続5試行Missが生じた場合終了した。 各周波数において検出に十分な音量(116-138dB)から訓練を開始し、-10dB, -5dBのステップで音圧を下げた。ノンパラメトリックな感度指標であるA’が0.75を下回った次の試行では、下回る前の音圧で再度訓練し、A’が0.75を超えた場合は、次の試行での音圧を-4dB下げて実施した。その後の試行で下回った場合は、+4dB音圧を上げて実施した。このUP&Downを3回以上繰り返し、A’が0.75を3回超えた音圧を閾値とした。ただし、その音圧の3試行のFalse Alarmの全てが0.65を超えた場合は、 その上の音圧でFalse Alarmが0.65を下回った音圧を閾値とした。

訓練のフロー
観察ゲートを通過する(観察反応)と、20秒間の音提示試行(この動画では800Hz)と無音試行のいずれかが開始され、音が提示されている最中に強化コンパートメントに入ると(hit)、餌(殻剥きブラインシュリンプ卵)で自動的に強化されます。もし、無音試行中に入った場合は(false alarm)、その試行は終了しタイムアウトが与えられます。音提示試行中に入らなかった場合(miss)や無音試行に入らなかった場合は(correct reject)、試行は終了します。この動画では、false alarmとmissは生じていません。観察反応を待っている間の再生スピードは8倍に上げてあります。

【結果】

Behavioral Audiogram of Zebrafish

生理指標を用いた実験で得られている最も感度の高い周波数も800Hzであり、本研究の結果と一致することから、ゼブラフィッシュの最も感度の高い周波数は800Hzであることが分かります。ヒトは、3000Hzあたりが最も感度が高いので、ヒトと比べて低い周波数側に感度のピーク(最も良く聞こえる周波数)が移動していると言えます。

引用文献

Behra, Bradsher, Sougrat, Gallardo, Allende, and Shawn, (2009). Phoenix is required for mechanosensory hair cell regeneration in the zebrafish lateral line. PLoS Genetics, 5(4), e1000455.

Cevi, A.L., Poling, K.R., and Higgs, D.M. (2012). Behavioral measure of frequency and discrimination in the zebrafish, Danio rerio. Zebrafish, 9(1), 1-7.

Dooling, R. J., Ryals, B. M., and Manabe, K. (1997). Recovery of hearing and vocal behavior after hair-cell regeneration. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 94(25), 14206-14210.

Higgs, D.M., Souza, M.J., Wilkins, H.R., Presson, J.G., and Popper, A.N. (2001). Age- and size-Related change in the inner ear and hearing ability of the adult zebrafish (Danio rerio). JARO, 3, 174-184.

Manabe, K., Dooling, R.J., and Takaku, S. (2013). An automated device for appetitive conditioning in zebrafish (Danio rerio). Zebrafish. DOI: 10.1089/zeb.2012.0776