ゼブラフィッシュの自動訓練システムを開発する上で最も重要かつ困難であった点は、わずか数センチの小型魚類でも、すぐには飽和しない自動給餌装置(Feeder)の開発でした。デンショバトなどの一般的に使用されている実験動物と同様に、1セッションの総強化回数を60回程度にするためには、ゼブラフィッシュが飽和しないように1回の提示量が数十マイクログラムとし、総摂取量が数ミリグラムになるようなFeederの開発が必要でした。このページでは、Feederの開発の経緯について紹介します。
第1世代
1回あたりごく少量の餌を提示するためには、餌そのものの大きさが小さい必要があります。いろいろ探した結果、魚類の飼料のメーカーであるキョーリンから、「教材メダカの餌」という製品が発売されていて、比較的一粒が小さい粉状(直径:300-400μm)なので、その飼料を強化子として使用することにしました。最初に作成したFeederのメカニズムは、外縁に近いヶ所に500-700μmの微小な穴を開けたアルミの円盤を、飼料が入れられている囲いの底にその微小な穴が到達するようにサーボモータで回転させ、重力により飼料がその穴に落ちた後、円盤を逆回転させ、開口部から下に落とすというものでした。
しばらく、このFeederで実験をやってみましたが、飼料が湿度に弱く固形化しやすいことと、飼料が穴に詰まってしまって、途中で強化子が提示されなくなることが起きました。また、40強化程度が限界でした。
第2世代
湿度に強く微細で詰まりにくい強化子を探していたところ、下記の殻剥きブラインシュリンプ卵という小型魚類(グッピィーやメダカ)に与える飼料が見つかりました。
稚魚の初期飼料としてブラインシュリンプ卵を塩水につけて孵化させたブラインシュリンプが良く用いられますが、殻剥きブラインシュリンプ卵は、ブラインシュリンプ卵を次亜塩素酸ナトリウム等にさらして、殻を溶かしたものです。孵化させないで直接与える事が出来ます。「教材メダカの餌」に比べてより微細で、湿度に強く、詰まりにくい特徴があります。そこで、この飼料を強化子として使用することにしました。「教材メダカの餌」用に作成したFeederでは、殻剥きブラインシュリンプ卵は小さすぎて隙間から大量にこぼれてしまうことから、新たなFeederを作成することにしました。
2番目のFeederは、殻剥きブラインシュリンプ卵の入ったアクリルのチューブと、サーボモータに取り付けられた側面に微少なくぼみがあけられたプラスチックの円盤で作られています。強化子を提示する前は、プラスチックの円盤の側面に設けられた微少なくぼみを、殻剥きブラインシュリンプ卵の入ったアクリルのチューブの下まで回転させ、くぼみに少量の殻剥きブラインシュリンプ卵を貯め、強化時に円盤を縦に回転させ、遠心力で下に落下させるというメカニズムになっています。下の写真の黒いカバーの部分は、お湯で成形できる熱可塑性樹脂で作られています。
第1世代のFeederに比べて強化数を多く出来、かなり当初の達成基準に近づいてきましたが、回転させることで、円盤とカバーの樹脂との間に砕かれた卵がたまり、くぼみに付着してつまってしまう不具合が生じることがありました。
第3世代
より確実に強化子を提示するため、重力や遠心力ではなく、直接強化子を押し出す機械的な物理力で提示するメカニズムに改良しました。
概念図が下に掲載されています。上部に1mm程度の穴が開けられた金属製のチューブの全体にピアノ線が挿入されています。この状態では、穴がピアノ線でふさがれているので、穴の上部に詰められている殻剥きブラインシュリンプ卵は、そのままの位置に留められます。次に、ピアノ線を引っ張ると穴が空き、その穴に殻剥きブラインシュリンプ卵が落ちます。再度、元の位置までピアノ線を戻すと、その落ちた殻剥きブラインシュリンプ卵が押し出されます。試作では、加工のしやすいアルミチューブを使用しましたが、チューブの内側がピアノ線の動きで削られるため、最終版では真鍮のチューブに変更しました。
性能評価のために、100回殻剥きブラインシュリンプ卵を提示し、1回の提示毎の個数と、100回の総提示重量を測定しました。1回の提示個数の平均個数は13.7(SD=3.8)、median=14, mode=14, 四分位範囲=5で、100回の総重量は8mg、1回あたり80㎍という結果でした。ほぼ満足できる値でした。
このFeederについては下記の論文で報告しています。
第4世代
ピアノ線を引いたときに、より確実に殻剥きブラインシュリンプ卵が穴に落とされるように、携帯電話やスマホに使用されている振動発生用偏心モータを加えました。
このタイプのFeederは、愛知文教大学の黒田先生に提供し、ゼブラフィッシュのいくつかの実験に使用されています。
第5世代
振動用偏心モータを作動させるためには、電気回路や部品が余計にかかるため、モータの代わりに、もう一本攪拌用のピアノ線を穴の上で動かすことによって詰まりを予防し、より確実に殻剥きブラインシュリンプ卵を穴に落とす方式に改良しました。また、サーボモータ以外の部分を3Dプリンターで形成することにより、Feeder個体毎のばらつきを少なくしました。現在、このFeederが使用されています。